楽しいことが増えるといい

子どもは2歳5ヶ月になった。育児はしんどいしんどいと思い続けてきたけど、ここ1ヶ月で急に楽になった。中断せずに夕食を作り終えることができる日が増えてきて(もしかして……とうとう私の時代がやってきたか……)と思うことがある。

 

そういうわけで、パソコンを買ってもらった。それで試しにこれを書いている。やったね。これで何か楽しいことができたらいいな。

6ヶ月経ちました

予定日の前日に破水し、緊急帝王切開にて双子の女の子を出産しました。結局夫と同じ誕生日。

 

産後しばらくは本当に苛酷でした。一番は妊娠中の体のダメージが大きかったこと、全然眠れない・休めなかったこと。健康ならやれるんだけど…と思いつつ、というか、不健康でもやるしかなくて、最初の3ヶ月の記憶がすでに曖昧です。その頃は常にだれかを抱っこ、抱っこじゃないほうが大泣きという状態だったので、机の上の箱を開けたいと思いながら、一日開けられない日が続いたことを覚えています。

 

その時の自分には6ヶ月ではブログを書いてるよと伝えたい。夫と、子どもの成長にたすけられて、本当にだいぶ落ち着いてきました。どのくらいの頻度になるかわからないけれど、ちょこちょこ書いていきたいと思います。

 

あと4日

出産まであと4日となった。出産も怖いしその後の子育ても自信がない。けれど、なんとか無事に産んであげられそうだ、やっと会えるんだという喜びの気持ちがうまれてきた。やっと、やっと。

お腹はバランスボールみたい。足も太くなり骨盤も開いてすごく不恰好。いやはや、人の体ってこんなに変形するんだ…とショックもあるんだけど、今はこの体は双子に貸してあげてると考えることにした。返してもらったらなんとかしようと思う。

ウイルス性胃腸炎にかかってしまい、昨日は痛みと苦しみと恐怖の一夜だったんだけど、今は落ち着いている。私は運が良い、もう少し頑張ります。

残された二週間

早いもので、あと二週間すれば子どもたちに会える。ここまで順調に過ごせると思っていなかった。いつも私の状態を最優先してくれた夫、長期にわたって衣食住全ての面倒を見てくれた母、退職時に最大限の配慮をしてくれた会社に感謝である。これから出産までの時間は、覚悟を決める時間として静かに使いたい。

 
6年前に結婚を決意した時、喜びももちろんあったが、新しい生活に対する緊張や責任や不安の気持ちでいっぱいだった。もちろん、結婚して生活が落ち着くと私は「ああ、今が自分の人生で一番幸せだな」と思いながら過ごすまでになったのだが、そんなときに子どもが出来たとわかり「今、自分は人生の中でかなり大きな岐路に立っているんだな」と再びあの緊張と責任と不安の感情が蘇ったのだった。人の命を産み、育てる責任を負うということ。果たして自分にその役目がこなせるのだろうか??出産を間近に控えた今「おそらく出産してもこの不安は消えることがなく、その感情を抱きつつとにかくできることをやっていくことになるのだろう」と半ば諦めのような覚悟を持ちつつある。
 
でも、もちろん嬉しい。まず、愛する夫の子どもを産めることが嬉しい。夫が嬉しそうにしてくれて嬉しい。母も喜んでくれていて嬉しい。2ヶ月前に祖母が死に、私はもうすぐ子どもを産もうとしている。人は死に、次の世代が産まれる。こうやって人類は歴史を重ねてきたんだなとしみじみ感じる。
 
さて、明日は病院。入院はいつからになるのだろう?

2014年10月、近況

福岡に帰省して一ヶ月半経った。帰ってきてすぐ亡くなった祖母の法要も終わった。実家は日常を取り戻しつつあり、少しほっとしている。とはいえ私がここに居ること自体、非日常ではあるのだけど。
私の体調はというと、息切れや動機がして体は浮腫み、骨や筋肉もギシギシとした痛みがある。日に日に体が重くなり、昨日くらいからまた屈む姿勢が辛くなった。今日は一日中お腹がキリキリと痛んだので、おそらくまたお腹が大きくなっているのだろう。
4月に子どもができたと分かってから、不安な気持ちが消えたことはない。元々私は心配性ではないんだけど、命に対する責任感が重くのしかかっているのだと思う。予定の日まであと一ヶ月半に近付いた今、やっと「ああ、もしかすると、命がある形で産んであげられるまで、私の体内で無事育ててあげられるのかもしれない」という自信が生まれつつある。
自分の体が、痛みを伴いつつどんどん変形していくことに、先の見えない恐ろしさを感じる。しかし自分の体はしばらく子どもを育てるための道具のようなものだと割り切って、あまり考えないようにしようと思う。

福岡に帰っています

事情があり、先月末から半年ほどの予定で単身福岡で暮らすことに。実家なので単身とは言わないですね。

帰省の予定日、これから飛行機に乗るからと母に電話をして嫌な予感がした。何か違和感がある。何かあったに違いないと思っていたら、案の定祖母の具合が悪いとのことだった。落ち着いて見せようとしていたが、母はかなり動揺していた。

到着したその足で病院に向かうと、祖母は辛うじて意識があるという状態だった。あと何日でふみちゃんが帰ってくるからね、と母に聞かせられていたらしい祖母は、私が帰ったその二日後に亡くなった。私を待ってくれていたのだろうと思った。

私は19年前に父を亡くした。今回祖母を亡くし、大切な人を亡くす悲しさは決して慣れることはない、でもその時その相手によって違う形の感情があるのだなということを実感した。今、自分にはたくさんの大切な人がいる。その数の分だけ、私はこれからも何度も別れを経験するのだろう。これから経験する別れが残す側なのか残される側なのかはわからない。いずれにしても、こんな思いをするかさせるかを繰り返して生きなければならないなんて、人生は過酷なものだなと思った。19年前には感じなかったことだ。

無事葬式を終え、色んな片付けをしながら実家で母と過ごしている。母は私がいて気が紛れているようだ。そう思うことで私も支えられている。よかったなと思っている。生まれた以上、生きるしかないからね。こうやって生きていくんだろう。

ベーグルの旅

ベーグルの旅が続いています…

色々なお店のベーグルを食べてみたら、思いのほか柔らかい。ふわっとしていて、もちっとしている。むちっとしているものもある。(『ふわっと』はともかく『もちっと』と『むちっと』という言葉はかなり伝わりづらいと思うんだけど、皆それを使っているし、私も他に上手く表現できる言葉を思いつけない…)

 

それで、私も色々調べてふわっとするように作ってみた。

それで、確かにふわっとしたんだけど、あまりむちっとしていないんです。普通のパンみたい。おいしいにはおいしいんだけど…。

 

私が買ったベーグルやさんの厨房をちょっと覗いたらそんなに特別な器具は使っていそうもなかったので「家で作ってもこれに近づけるのでは…」と思っているんだけどなかなかまだ遠そうです。

 

そして!ここにきて大きな問題が発生しました。パンを作って食べていたら太ってきた…。そういうわけで今日は6キロ走ってきました。パンを焼くために私は走る!